2010年12月13日月曜日

中国といえば、お茶。

「もう最後なんだから、こっちのお金は全部使っちゃおう」。


早朝に発つ帰国便に乗るため、我々は朝5時45分にホテルでタクシーを予約し、そこから約30分で上海国際空港に着いていたから、その時点でまだ6時30分を過ぎていなかった筈だが、免税店の前にあるカフェで朝食を取ろうとする我々のテーブルには、点心の乗ったせいろに加えて、その脇には、青島ビールの瓶がちょこんと立っていた。


その日の朝は、前日までのうだるような日差しと暑さが嘘のように、空はどんよりと暗く、気温も一気に下がって、しとしとと降る雨が、ホテルの周りの雰囲気を一晩でがらりと変えたかのようだ。


「なんか、いいタイミングというか、よかったね、今までずっと天気がよくて」。


そう言いながら、睡眠不足で食欲が進まない自分は、カフェラテをちびりちびりと飲んでいた。朝カフェラテを飲むのが好きになったのは、多分2002年頃からだと思う。パリに行った時に、パリジャンが朝食にパンオショコラを食べながら、カフェラテを大きなカップで美味しそうに飲んでいたのをまねしたのだ。それからというもの、「朝の飲み物といえば、カフェラテ」。これが自分の定番であった。しかし考えてみると、この空港での「朝ラテ」を最後に、自分はカフェラテどころか、殆どコーヒーを飲まなくなってしまった。この旅を機に、コーヒー党から、お茶党へと乗り換えたのである。その理由は前日に買い込んだ数々の中国茶にあった。


前日、ひとしきり静安寺でコイン投げに興じた我々は、意外とあっさりと静安寺を後にし、すぐとなりにあるデパートに行くと、夕方までの半日をこのデパートで、もう少し厳密に言えば、地下一階の食品売場で過ごしたのであるが、ここで大量の中国茶を買い込んだのだ。


中国と言えば、何と言っても、世界のお茶の総本山だ。それは各国でお茶が何と言われているかを知れば自ずとそれが分かるだろう。ヨーロッパで茶飲み文化で知られる英国のteaもロシア語のчай(チャイ)も、語源は、中国の「茶」である。ついでに、トルコ語でもペルシア語でもスワヒリ語でも、音で言えば、チャイというそうだ。ちなみに紅茶の世界では、インドも有名だ。しかし、これはインドを植民地としていたイギリスが中国からお茶を持ち帰ってインドで栽培を始めたのが起源である。とにかくお茶といえば、中国、中国と言えば、お茶なのである。


もちろん中国には様々な種類のお茶がある。中国ではお茶は発酵度に応じて分類され、一般に、緑茶、青茶、紅茶、黒茶の4種類がある(白茶、黄茶、もある)。周知の通り、日本で生産されているものは殆ど全て「緑茶」だ。日本でのお茶の種類は、栽培方法などによって分類しているもので、中国の分類で言えば、全て緑茶の範囲である。これだけでも、中国のお茶の種類がどれだけ豊富か、想像がつくだろう。


今回私は、緑茶は日本にもあるのと、紅茶は、先日イギリスに行った同僚から私の好きなフフォートナムメイソンのものをたくさん頂いていたので、青茶と黒茶を買い込んで来た。青茶は、いわゆる鳥龍茶である。このカテゴリーでは、鉄観音が有名だ。黒茶は、もっとも発酵が進んだもので、プーアル茶がこれに当たる。今回一番たくさんの量を買ったのは、ジャスミン茶であるが、ジャスミン茶は香り付けをしたバリエーションであって、分類としては青茶に入る。


こうして持ち帰ったお茶を毎日飲んでいるうちに、気がついたらお茶ばかり飲むようになっていた。しかし、もちろんこれはいい事である。というのは、コーヒーの効能というものは、眠気覚まし以外には聞いた事がないが、お茶はもともと「薬」として飲まれていただけあって、ダイエットから解毒からビタミンから美肌効果まで、とにかく様々な効能があるからである。


「しかし、やっぱり中国は勢いがあったよね。ニュースも前向きなのばかりだ」。


前日の買い物の後、歩き疲れた我々はホテルの目の前にある足裏マッサージにいったのだが、あまりに疲れていたので、1時間のマッサージが終わった後も、そこのリクライニングチェアから起き上がることなく、さらに1時間ほどずっとテレビを見ていたのである(よく追い出されなかったものである)。この時に見たニュースが衛星の打ち上げや万博など、とにかく明るいニュースばかりだった。ニュースの後は、中国のドラマを見ていたが、「上海上海」という近代を舞台にしたこのドラマでは、なんとあのサッスーンが登場していて大変面白かった。


「で、結局中国のこれからは、一体どうなるんだろうか?」


我々はすでに飛行機に乗り込んでいた。窓の外には、強く降りしきる雨が見える。


(遅れずにちゃんと飛び立つだろうか?)


内心そう思って心配したのも束の間、定刻通りに飛行機は離陸した。


「実は、さっきまで少し中国の今とこれからを考えて整理してみた。まず中国の高い成長率の理由は工業化だ。農村からの労働力が都市部で第二次産業に従事しているのだから、いやでも成長率は上がる。沿海部でつくった製品を輸出して得た利潤で国庫も潤い、それが公共投資にまわって、インフラを発達させながら、不動産業が潤って来た。ところが、まだまだ農村部には大量の人口を抱えていて、貧富の差が広がって来ている。政府としては、もっともっとこれらの農民に都市部で職を準備しないといけないだろう。そう考えると、まだまだ輸出に依存するモデルを放棄できない。となれば、元はもう少し安いままでなくてはならない筈だ。まず中国政府は元の切り上げ圧力には、この点からそう簡単には応じないだろう」。


「なるほど」。


「でも、一方で、同時に内需拡大も推進する必要がある。これは富の分配率を見直すことに他ならない。要は、賃金上昇が必要だ、ということだ」。




そこまで言うと朝食が運ばれて来た。さっきあんなに食べたが、最後の中華料理だと思って、中華風焼きそばを食べる。これが結構旨い。しかし、通路を挟んで隣のアメリカ人はどうやら中華には興味がないようだ。


"Oh, no thank you"


というと、リクライニングシートも戻さず、もちこんだBurger Kingの袋からむしゃむしゃ食べ始めた。ついに食事らしい食事がとれた、とでも言い出さんばかりの雰囲気である。


「でもさあ、日本の高度成長って、1950年ぐらいからだとすると、約30年だろう?それ以上長い間高成長が続くのも難しいよね。中国って、もう何年高成長が続いているんだろうか?鄧小平の時代からだとすると、1980年代で、もう約30年だ。その意味では、これからは、未知の領域に入って行く、とも言えるのだろうか」。


「これからの中国政府の経済政策の舵取りは間違いなく簡単ではないよね。とにかく不動産バブルをはじけさせないように、マネーの量をコントロールしなくてはいけない。しかしホットマネーは常に外からも入ってくる。量的緩和をしている昨今ではなおさらだ。しかし一方で、景気に水をかけることもできない。賃金上昇となると輸出企業の競争力が低下したり、企業全体の収益率も減ってくるかも知れないけど、同時に内需が増えてくれば、新たな経済運営が可能になってくる」。


「しかし、とにかく我々が見た範囲だけで言うと、全体的には間違いなく買いだ。特に上海の人は当たりが強く、国際的にも物怖じしないキャラクターがある。国民性だけでいうと、たくましく国際社会で生きて行く力があるように思うよね」。


朝っぱらから、偉そうなことを話していると、CAが早々と食事を片付け始めた。


"Ladies and gentlemen, we will be going through some turbulence in about 10 minutes, so please remain seated and fasten your seat belt."


機内アナウンスによると、どうやら揺れるらしい。すると、機体が小刻みに上下運動を始めだした。その時である。どーんっと機体が大きく沈むと、機内からは、「きゃー」という大きな悲鳴が湧いた。


(なんてこった。これはボーイング747だぞ)。


欧州域内の小型飛行機なら何度も怖い思いをしたことがあるが、ジャンボ機でこれ程揺れたことは一度もない。


"Ladies and gentlemen, please fasten your seat belt."


機内アナスンスが繰り返される。


さっきの大きな揺れで緩んだシートベルトを締め直そうとベルトを引っ張った。ところがいくら引っ張っても一向に締まらない。


「あれっ?おかしいな」。


するするとベルトを引っ張ると、そのままなんと、端っこが出て来てしまった。ベルトが根元から外れてしまっているのだ。


「おいおい、これはまずい!」


次にあんな揺れがきたら、天井に頭を打ってしまう!そう思うと、焦って、CAを呼んだ。しかし、飛行機が下降を始めたため、CAもすっかり自分の席について自分のベルトを肩からかけはじめている。自分は、取れてしまったシートベルトを見せながら、CAを再度呼んでみた。とにかく他の空いている席を探してもらって、そっちに早く移らねば!


"Look, my seatbelt has come off!!"


しかし、シートベルトをし終わった今、これから席をたって面倒を見てくれそうな気配が全くない。そのCAからは、こう返って来た。


"Hold on to your arm rest!"
(手すりにつかまってください)。


いや、それは無理だ。いくらなんでも、あんな揺れがきたら、いくら掴まってたって、それは無理だろう!さっきまで隣でBurger Kingのポテトを食べてたアメリカ人も、これには驚いている様子だ。


するとまた機体が揺れ始めた。着陸態勢に入って、高度が下がって来たため、成田上空の厚い雲を通過しているのだ。


まずい。しかしシートベルトの端を見てみると、フック状になっている。しかし折れている訳ではない。(一体どこから外れたんだろう?)シートの左側をめくってみると、鉄の棒が現れ、隣の席のベルトもここから出ている。これだ。焦りながら何度もフックをかけようとする。


「カチャ」。


はまった!よし。すると間もなく、成田空港の滑走路に無事着陸を果たした。成田も上海に違わず、強い雨が降っていた。


(上海編、終わり)

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